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第五十四話 帰れなかった記憶たち

مؤلف: 白石マサル
last update تاريخ النشر: 2026-09-19 16:30:25

 黒い波は、もはや海というより巨大な壁だった。

 リリアとレオンの前で空を覆い尽くすほど高く盛り上がったその波の中には、数え切れないほどの声と記憶が混ざり合っている。誰にも名前を呼ばれず、思い出されることもなく、帰る場所を失ったまま長い時間を漂い続けてきたものたちが、怒りと悲しみを抱えて二人へ押し寄せていた。

「リリア、本当に戦わないのか」

 レオンは剣を構えたまま、視線だけを彼女へ向けた。刃の上には銀色と藍色の光が重なり、迫り来る黒い海を迎え撃てるだけの力が満ちている。

「はい。少なくとも、最初から斬るつもりはありません」

 答えながらも、リリアの身体は僅かに震えていた。

 目の前の光景だけを見れば、逃げ出したいと思うのが当然だった。波に呑まれれば自分がどうなるのか分からず、月華の力でさえ耐えられる保証はない。

 それでも、耳に届いてくるものを無視することができなかった。

『お母さん』

『帰りたい』

『寒い』

『痛い』

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